東京高等裁判所 平成7年(ネ)102号 判決 1995年7月19日
大阪市淀川区西中島六丁目七番三号
控訴人
アップル株式会社
右代表者代表取締役
後藤比朗也
右訴訟代理人弁護士
今村昭文
東京都文京区本駒込六丁目一番二一号
被控訴人
トータス株式会社
右代表者代表取締役
世永育子
右訴訟代理人弁護士
米津稜威雄
同
増田修
同
長嶋憲一
同
佐貫葉子
同
長尾節之
同
野口英彦
同
増田充俊
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた判決
一 控訴人
原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 原判決の引用
原判決事実摘示「第二 請求原因」、「第三 請求原因に対する認否及び被告の主張」、「第四 被告の主張」各記載のとおりであるから、これを引用する。
二 当審における当事者の主張の要点
1 控訴人
原判決は、証拠の評価を誤り、また、事実からの推論も誤り、その結果、誤った事実認定を行うに至っている。
(一) 原判決が控訴人の販売員の営業活動が違法であり不法行為に当たると認定した根拠として挙げる各証拠は、いずれも控訴人の販売員の積極的欺罔行為を認定するには不十分であり、むしろ、販売員が無意識のうちに不正確な説明や不十分な説明を行ったにすぎないことを窺わせるものというべきである。
すなわち、甲第一六号証の一、二は、具体的に何人が何人に対してどのような行為を行ったかを指摘していない抽象的な内容のもので、信用性に乏しく、甲第二〇号証及び同第二一号証は、控訴人の販売員が、浄水器が代わりますといって顧客の浄水器を付け替えていったという内容にすぎない。
甲第二二号証は、控訴人の販売員が「会社の名前が替わります。」といって浄水器を取り替えたことを窺わせるものではあるが、控訴人の販売員は、自分の顧客は自分との人的つながりから顧客になってもらったという認識を持っており、しかも、被控訴人の販売方法に極めて強い不満を持って控訴人の販売員に転向し、控訴人の販売方法に満足してこれに従事していたので、控訴人の製品に替えることが顧客にとって良いことであり、あるいは、顧客に対する義務でもあるとの意識を持っていたのであり、取替えに当たって、営業主体の違いにつき十分な説明をし、顧客の理解を得なければならないとの認識に欠けたまま、安易に取替えを行ったと考えた方が自然な解釈である。甲第二五号証の一、二、同第二六号証の一ないし三も、右と同じである。
甲第八号証は、その文面自体からは、営業主体の混同を生じさせるような内容であると認められるが、これを書いた販売員が、積極的に営業主体を混同させようと意識して書いたものと決めることはできない。大部分が家庭の主婦である控訴人の販売員が、前述のような控訴人の販売員としての意識の下に、安易に不正確な表現を用いてしまったことも十分考えられる。甲第一七号証が指摘する「トータスより新商品が出ましたので…」という販売方法についても、右と同様にいうことができる。
のみならず、右各証拠を作成した被控訴人の販売員や顧客に対し、控訴人には、その証拠価値を弾劾する機会は与えられていない。
これに対し、証人森高曙子、同溝田千恵子の証言は、具体性に富み重大かつ基本的な部分については真実を述べたものと評価できるものである。
原判決は、控訴人側証人である右各証人の証言を記憶違いや些細な事実の食い違いを指摘して信用できないとして排斥しておきながら、右のように弾劾によって信用性の確認されていない被控訴人側の証拠を安易に認定の根拠としたものであり、誤っているといわなければならない。
(二) 原判決が控訴人の販売員が虚偽の事実を告げ被控訴人の営業上の利益を害したとの事実を認定する根拠として挙げた各証拠のうち、各書証には、確かに右認定事実を窺わせる事実の摘示がある。
しかし、これらの各書証は、戸田由美子作成の甲第四八号証を除いては、その証拠価値を弾劾する機会が控訴人に与えられていないものであり、本来信用性に乏しい。戸田由美子については、同人が証言を撤回する旨の文書(乙第一五号証)を作成していることは、後述のとおりである。
また、右各証拠で違法行為を行ったとされている控訴人の販売員は、いずれも被控訴人の販売員であったのに、その不当な販売方法に苦しあられ、やむなく救いを求めて控訴人の販売員に転向した者であって、被控訴人が、種々の手段で販売員の犠牲により異常な金集めを行う様子を目のあたりにして、被控訴人の経営状況が苦しいのではないかとの疑いを抱いたために、あるいは、自分が苦しめられた被控訴人に対する怨念から、顧客に控訴人の商品を勧めるに当たり、安易に、被控訴人が倒産したあるいは倒産に瀕しているといった発言を行った可能性はあるが、仮にそのような行動があったとしても、これをもって、控訴人の指示に基づく組織的な活動として故意に行われたものとすることはできない。
(三) 原判決は、各違法行為が控訴人の指示に基づく組織的な活動として故意に行われたと認定するが、誤りである。
行為が行われた時期が集中していることは、その時期が、控訴人が無料交換キャンペーンを行った時期であり、被控訴人の販売方法の問題点が顕在化し、被控訴人の販売員を辞め控訴人の販売員になる者が続出した時期でもあるので、この時期に多くの軋轢が生じたとしても不思議でなく、また、原判決認定の違法行為の両態様を合わせても、これに関与したと認定された控訴人の販売員の数は、せいぜい一〇名程度であり、右違法行為が組織的な活動として行われたとするには、余りにも少ない。
控訴人代表者自身の違法行為とされているものの実体は、被控訴人の販売方法の問題性をよく認識していた控訴人代表者が、それら問題性について自分の経験した事実や認識を話しただけのことであり、違法行為とされるべきものではないことは、控訴人代表者の尋問の結果によって明らかである。
原判決で控訴人代表者の違法行為を認定する根拠とされた証人戸田由美子の証言及び甲第四八号証(戸田由美子作成の書簡)の証拠価値は、当審で提出された乙第一五号証(戸田由美子作成の手紙)によって完全に消滅した。すなわち、同人は、同号証において、証言を撤回したいとの意思表示を行い、かつ、自らが証言後体験した事実に照らし、控訴人代表者が述べていたことが事実であった旨を認めている。
2 被控訴人
(一) 控訴人の原判決に対する批判について
控訴人の主張は、いずれも不合理なものであって、原判決の認定を覆すに足りるものではない。その例を一、二挙げれば次のとおりである。
控訴人主張のように、もし本当に、控訴人の販売員が、被控訴人の販売方法に極めて強い不満を持って控訴人の販売員に転向し、控訴人の販売方法に満足してこれに従事していた者であり、顧客に控訴人の製品に切り替えさせるのが、顧客にとってよいことであり、自分の義務でもあると信じていたのなら、むしろ、控訴人の名を明示・宣伝し、それが被控訴人ではないことを明確に告げて、以前とは異なった営業主体との取引となることを、間違いのないように告げるはずである。
これこそが、このような立場にある者が自然にとる行動であり、「営業主体の違いにつき十分な説明をし、顧客の理解を得なければならないとの認識に欠けたまま、安易に取替えを行った」などということは、およそありえないことといわなければならない。
控訴人は、甲第八号証についても、安易に不正確な表現を用いてしまったものである旨主張しているが、これが、そのようなものではなく、営業主体の違いについての認識を曖昧にする目的で、故意に誤認しやすい表現を用いたものであることは、「トータスのカートリッジがより良く改良され・・・」、「今回に限り・・・」、「窓口はアップル株式会社となっています。」などの表現をみれば、明白である。
控訴人は、書証の作成者につき証人尋問が行われていないことを論拠にしているが、控訴人が真に尋問により証拠価値を減殺するつもりであるならば、自ら証人申請すればよいのであり、これをしないでいて、被控訴人あるいは原審の審理に非があるようにいうのは、全く失当である。
(二) 乙第一五号証について
乙第一五号証は、戸田由美子が、原審における証言後に、証言後の出来事を理由に、被控訴人の販売員であることを辞めて控訴人の販売員に転向したことを述べ、その中で、被控訴人の販売方法についての批判をしたというだけのものにすぎず、同人が甲第四八号証と法廷で述べた具体的事実を何ら否定、撤回したものではないことは、その記載の内容自体で明らかである。「追伸」で、「アップルが言っていることは本当のことでした。」と記載しているのは、被控訴人の販売方法についての控訴人側の批判に関する意見の表明にすぎない。
第三 証拠
原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 原判決の引用
当裁判所も、被控訴人の本訴請求は、損害賠償金三〇〇万円及びこれに対する平成四年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるものと判断する。
その理由は、次に述べるところを付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。
二 当審における控訴人の主張について
当審における控訴人の主張は、要するに、原判決の認定した事実を原審証拠によって行うことはできないばかりか、当審証拠である成立に争いのない乙第一五号証(戸田由美子作成の手紙)により、このことは更に明確になるという趣旨のものである。
しかし、乙第一五号証には、自分は証人として全面的に被控訴人を弁護したが、今は撤回したいとの趣旨の文言は記載されているが、原審における証言内容や甲第四八号証(戸田由美子作成の書簡)の記載内容となっている事実自体が誤りであるとする趣旨のものはなく、その記載内容の中心は、自分が、被控訴人の販売方法について不信感が強まったため、被控訴人の販売員を辞めて控訴人の販売員になったとの事実と、不信感を強める原因となった諸事実(大部分は、原審での証言後の事実である。)とであるにすぎず、当裁判所が引用した原判決の認定も、被控訴人の販売員の中には、被控訴人の販売方法につき不満を抱く者が少なからずあることを前提にするものであるから(原判決六〇頁八行ないし一一行、六四頁六行ないし六五頁五行)、乙第一五号証の存在が、原審証拠の評価に影響するところはない。
そして、原審証拠を検討すれば、当審における控訴人の主張を十分考慮に入れても、原判決が根拠として挙げる各証拠を総合することによりその各認定をすることができることが明らかである。
結局、本件当事者間に争いのない事実及び原判決認定の事実によれば、被控訴人の販売方法はいわゆる連鎖販売取引であり、被控訴人の販売員の中には、被控訴人の販売促進のためのキャンペーンで借金をしてでも商品を買い入れないと組織内のランクが上がらず不利になる、支払われるべきコミッションから控除される諸経費が当初の説明より多く、利益が出にくい、不要の商品まで抱き合わせで買わされる等被控訴人の販売方法に不満を抱く者が少なからずあり、控訴人の販売方法の説明を聞いて販売員の負担がより少ない控訴人の販売方法の方が良いと考えて被控訴人との契約を解約し控訴人と契約した者が少なくないことが認められ、このことが、原判決理由三記載の控訴人の販売員及び控訴人代表者の各行為を誘発する一因となっていたと認めることができるが、このような事情を考慮してもなお、これらの各行為は、社会的に正当として認容される程度を超えた違法な行為として、原判決が説示するとおり、不法行為ないし不正競争防止法二条一項一一号に該当するものと評価せざるをえず、また、同理由四記載のとおり、控訴人の指示に基づき、控訴人の組織的な活動として故意に行われたものと推認することができるものといわなければならない。
三 以上のとおり、被控訴人の本訴請求は、損害賠償金三〇〇万円及びこれに対する平成四年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官山下和明は、転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)